遺品整理を決意した私に届いた 母が遺した優しいメッセージ

遺品整理体験談
田中真理は、母が亡くなってから二週間、実家の部屋に入ることができずにいた。玄関を開けるたびに、そこに母の気配があるような気がしてならない。カーテンの隙間から射し込む光の角度さえ、母がいた頃と変わらないように感じた。
しかし、いつまでもそのままにはできない。実家は空き家になるし、遠方に住む兄からも「そろそろ片付けないとな」と言われていた。遺品整理の業者に頼むか、自分でやるか。どちらにしても、まずは一歩を踏み出さなければならない。
久しぶりに訪れた実家は、あの日のままだった。
リビングのテーブルには、母が最後に読んでいた新聞が開いたままになっている。
キッチンには、使いかけの調味料が整然と並んでいる。
恐る恐る母の部屋に足を踏み入れる。桐のタンス、押し入れの中の着物、鏡台の上に並ぶ化粧品。すべてが母の時間をそのままとどめているようで、引き出しを開けるのさえためらわれた。
一つひとつの物が、母の気配を宿していた。
「少しずつ、片付けよう…」
そう呟きながら、真理は母の部屋のタンスを開いた。
そこには、丁寧に畳まれた洋服が並んでいた。
袖を通した瞬間に、母の香りがふわりと広がる。
涙がこぼれそうになった。
それでも、手をつけなければ何も進まない。まずは簡単に片付けられるものから、と引き出しのひとつを開けた。すると、中には古びた封筒が一つ。宛名は、自分の名前だった。
「真理へ」
母の字だ。震える手で封を開ける。
「真理、読んでいる頃には、私はもういないね。たくさん心配をかけたけれど、最後までありがとう。私がいなくなって、家のことを片付けるのは大変だろうと思う。好きにしていいからね。無理に残さなくていいし、捨ててもいい。ただ、これだけはお願い。大切なものを見つけたら、少しだけ思い出してくれたら嬉しいな。」
文字は揺れていた。母が書いたのは、病院に入る前だったのだろうか。何度も書き直したようなインクの跡が、母の迷いを表しているようだった。
思わず、母のタンスに手を伸ばした。引き出しの奥に、古いアルバムがあった。めくると、幼い頃の自分と、若い母が微笑んでいる。運動会、誕生日、初めての浴衣。母のそばには、いつも自分がいた。
涙がこぼれた。
その夜、兄に電話をした。
「やっぱり、自分で片付けたい。母さんのもの、ちゃんと見てから整理したい。」
「そうか。なら、できる範囲でやろう。無理だったら、業者に頼めばいい。」
それから数日間、真理は少しずつ片付けを進めた。使わない家具や衣類は、専門の遺品整理業者に頼んだ。それでも、大切なものは自分で仕分けた。写真、手紙、小さなアクセサリー。母の思い出が詰まったものは、一つずつ手に取って確認した。
最後の片付けの日、部屋ががらんとしたあと、ふと気づいた。母のいた時間はもうここにはない。でも、それは消えてしまったわけではない。アルバムの中に、手紙の文字に、そして、自分の記憶の中に、母はずっといる。
静かに「ありがとう」とつぶやく。
母の部屋の窓を開けると、春の風がやさしく吹き込んだ。

遺品整理は「自分の手」で進めるのが最も自然なかたち

母の遺品整理に向き合った真理の姿から浮かび上がるのは、「想い」と「整理」が密接につながっているという事実です。プロの手を借りることも大切ですが、大切な人の痕跡に触れるのは、やはり自分自身であるべき時があります。


  • 遺品整理は、自分で手を動かすことで気持ちに区切りがつきやすくなる
  • 形見や思い出の品は、自分の目で確かめて選ぶことで納得のいく整理ができる
  • 「残すもの」「捨てるもの」「譲るもの」「売れるもの」に分けるのが基本
  • 仕分け後、それぞれの役割に適した専門業者に依頼するとスムーズ
  • 無理をせず、思い出と対話しながら少しずつ進めることが大切


※登場人物は、すべて仮名です。
※ストーリーにするため表現等々編集しています。